2009年09月27日

特攻ライブラリー第6回取材

本日、特攻慰霊平和祈念協会の特攻ライブラリー取材第6回取材に同行して参りました。
この方は去年保存会の取材をしていたので今回は一観覧者として見学させていただきましたが、初めて聞くエピソードもいくつかあり、参加させていただいて良かったです。
以下は今回の聞き手でもあったインタビュアー(語らずに死ねるか!の監督)による去年の取材報告です。去年報告しておりませんでしたので、改めてご報告致します。

海老澤 善佐雄(えびさわ いさお)さん

海軍特攻伏龍隊会長代行事務局長
海軍全国十四徴会副会長事務局長
財団法人水交会会員


取材日:2008年10月19日(日)
取材場所:東京都世田谷区 海老澤さん自宅

経歴
1918(大正7)年 東京都世田谷区出身。
1937(昭和12)年、商業高校卒業後、三越新宿支店に入社。
1939(昭和14)年1月、徴兵で横須賀海兵団に現役入隊。
同年5月、三等水兵。駆逐艦「春雨」勤務。
1940(昭和15)年5月、上等水兵。秋の海軍大演習において成績優秀と評価され、連合艦隊司令長官(山本五十六大将)の名前で表彰される。
1941(昭和16)、海軍省で陸上勤務の後、海軍機雷学校の普通科練習生(S16水雷学校から独立分離し開校。潜水、機雷敷設、対潜防御などを専門分野とする)として久里浜に
勤務。同年7月から水上機母艦(飛行艇母艦)「秋津洲」の艤装員も兼ねる。
1942(昭和17)4月、「秋津洲」就役と同時に南方戦線に従事。
同年9月、海軍機雷学校高等練習生として内地帰還。その後、海軍対潜学校を経て教員となる。
1944(昭和19)、結婚。同年11月、上等兵曹。
1945(昭和20)年5月5日、対潜学校解体。第51戦隊編制。横須賀防備隊51分隊(教育隊)の教員となる。
1945(昭和20)年6月、対潜学校教員の肩書きのまま伏龍隊に入隊。伏龍隊専任下士官。
1945(昭和20)年8月、久里浜で終戦を迎える。
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