2005年09月10日

稲村繁さんの戦場体験

稲村繁さん

証 言:稲村繁さん 1921(大正10)年生まれ
取材日:2005年9月10日

※証言映像は準備中です※


【簡単な軍歴】

最終階級中尉
転属歴
▲ 1942年(昭和17年)10月1日、21歳の時に召集される
所属:陸軍 東部88部隊 兵科:通信兵
△昭和17年10月1日 東部88部隊(相模市)に所属
  陸軍通信学校にて幹部候補生として入学。 その後、第800部隊(関東分航空軍)、
  ハルピン航空連隊、第996部隊(通信連隊)と主に航空隊の通信兵として従軍する。
▼直接銃火を交えた戦闘は経験しないものの、終戦時ロシア軍に 降伏。
  以後3年間、ブリヤード・モンゴルにてシベリヤ抑留を経験する(ブリヤート モンゴル)。
  一日350gのパンのみで、極寒の使役に耐える。

帰国年月日1948年(昭和23年)5月29日、帰国


【取材レポート】

(1)自己紹介・自分の会設立の経緯
   小学生・高校生・大学生に戦争体験を知ってもらいたく、
   学校での講演を続けている

(2)幼年期(大正、昭和初期)

(3)シベリア時代(収容所)を思い起こして
       満州関東軍教練に関して

(4)学徒出陣に関して

(5)戦闘終了 シベリア抑留の話
   一日パン350gの話

(6)戦争責任について
       昨今の再軍備化に関して

(7)徴兵制に関して
       (再び徴兵制が復活するのでは)

(8)講演の度に感想文をもらって、一人一人に手紙を返す話
(9)小学校での講演の話
   実際にパンを見せてあげる。その後、子供達にパンをご馳走
   するので喜ばれる話

(10)満州の話

(11)内地と満州の食料の違い

(12)ソ連軍進攻

(13)武装解除

(14)新疆で日本降伏の報を受ける

(15)シベリア宿営地につくまで

(16)パンの分け方

(17)戦場体験の風化について

(18)シベリヤでは、死体の衣服は剥ぎ取られる話

(19)終戦記念日はあっても、シベリヤ抑留記念日はない。
   忘れられてしまうことの危機感



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