2009年10月02日

あの戦場体験を語り継ぐ老若の集い 戦場体験証言(1)

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戦場体験証言(1)
 
室井 幸吉 さん
陸軍/1938年(昭和13年) 現役/輜重兵、工兵船舶兵/北支、南方
 
日中戦争参加 95歳兵士は弾が尽きても戦って死に、敵討ちと部落を掃討した

 
 戦争!それは一口で語り尽くせるものでありません。戦争を憎しむ心は従軍中を含め、現在も変わっておらず、益々その心境は増加するばかりです。
北支山東省の最前線、15名ぐらいの分隊単位で警備隊が居りました。一番近くの中隊からも、小隊からも、20キロ近く離れていた。
300名以上の敵襲を受け苦戦の無電に、我が自動車隊に救援命令。
歩兵30名を乗せ急行。到着!!無残なり、分隊は全滅。
小銃など兵器既になく、
空の薬莢がうず高く未だに熱く積もるばかり。
その側に血にまみれた兵士の姿。敵討ちと歩兵部隊は前進。
30分後、敵影なしと帰隊。その帰隊した兵士らが分隊近くの部落を徹底に掃討と称し、民家を荒らす。金目の物は個人で徴発。部落民は自国兵が来ても日本軍の掃討戦にも、めぼしい物はなし。彼等が帰宅した暁、我が家をどう見るのか。
日本軍も前線の兵は、こうして救援もなく戦死していった。
彼らは俘虜となる自由も与えられず、戦陣訓という厳しい掟に縛られ、弾丸が尽きても戦って死んだ。
掟を作った東条らは生き永らえて絞首刑となったが、戦陣訓という掟に兵を縛り、死においやった罪は免れることは出来ない。
掟によって止むを得ず死んだ兵士らと彼は靖国に葬られており、それを参拝する議員達。それらを総称して日本の右翼と云うのだろうか。


posted by サゲ at 22:53| 戦場体験 Witnesses of war(interview logs) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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